東京地方裁判所 昭和58年(ワ)285号 判決 1984年10月25日
原告
友部香
右訴訟代理人
市川渡
被告
品川信用組合
右代表者
小杉誠
右訴訟代理人
小野孝徳
主文
一 被告は、原告に対し、金八〇万三五六八円及びこれに対する昭和五四年四月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分しその四を原告の、その余を被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(原告)
一 被告は、原告に対し、金七六三万一六五一円及び内金一四四万円に対する昭和四九年四月一〇日から、内金六一九万一六五一円に対する昭和五四年四月一日から各支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
(被告)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一原告の請求原因
(一) 金銭消費貸借契約及び重畳的債務引受契約の締結
1(1) 原告は、昭和四九年四月九日、被告との間に左記のごとき趣旨の金銭消費貸借契約(以下本件消費貸借契約という)を締結した。
(イ) 貸付金額 五〇〇万円
(ロ) 利息等 利息年11.5パーセント。期限後の遅延損害金二二パーセント。
(ハ) 弁済方法 元金は昭和四九年六月から同五二年五月まで毎月八日限り一四万円宛(但し、最終回は一〇万円)
利息は毎月八日限り翌月分前払い
(ニ) 担保 根抵当権の設定(対象物件、東京都世田谷区北沢三丁目九一七番一七、宅地106.51平方メートル及びその地上建物、所有名義人友部和子)
(2) 被告は、右同日、右貸付金(以下本件貸付金という)から同年五月八日までの利息及び右契約締結に伴う諸費用を控除した残額四九〇万二七四〇円を原告の普通預金口座に振込み交付した。
2(1) 原告は、右同日、被告との間に、訴外山口精機こと山口豊吉が昭和四六年七月二六日に被告から借入れた借入金債務のうち一四四万円を訴外山口のために重畳的に引受ける重畳的債務引受契約(以下本件引受契約という)を締結した。
(2) しかして、右引受債務一四四万円は、右同日、原告の普通預金口座に振込まれた前記貸付金のなかから一四四万円を払戻すことによつて、被告に弁済された。
(二) 本件消費貸借契約及び本件引受契約の無効
本件消費貸借契約及び本件引受契約(以下両者を一括して本件各契約という)は、以下に述べるとおり、経済的優者である被告が、自己の取引上の優越的地位を利用し、正常な商慣習を無視し、経済的弱者の地位にある原告に対し不当に不利益な取引条件を強要し、かつ、詐言を用いて締結に応じさせ、自からは不当な暴利を得たものであるから、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独禁法と略す)第二条九項、第一九条の規定にいう不公正な取引方法を用いて締結されたものであり、社会的正義と公序良俗に反するものであるから、右法条及び民法九〇条に反し、当然無効である。
以下、これを詳述すると次のとおりである。すなわち、
1 訴外山口が所在不明になり同人に対する前記債権がこげつき債権になつたためその回収に苦慮していた被告大森支店の担当係員は、訴外富士精機株式会社の代表取締役である原告が同社の資金繰りに追われ困窮した状況にあることを承知していたことから、これに乗じて訴外山口に対する右こげつき債権の回収を図ろうと企て、原告に対し、訴外山口に対する右こげつき債権のうち一四四万円を原告において重畳的に引受け、被告が原告に融資する貸付金の中からこれを支払うことを約束すれば原告に五〇〇万円を融資してもよいかどうかといつて、右債務を引受けるよう慫慂してきた。
2 しかも、その際、右担当係員は、原告が右債務を引受けて支払えば、当然、被告に代位して求償しうることになるものであり債権譲渡の余地はなく、公正証書も作成されていなかつたうえ、原告が右債権を回収することは事実困難な状況であつたにもかかわらず、原告が右引受債務を支払えば、被告の訴外山口に対する前記貸付金請求権を原告に譲渡し、これに関する貸付金公正証書等一切の関係書類を原告に交付して原告が訴外山口から右債権を回収できるようにする旨申入れて、原告をその旨誤信させ、本件各契約の締結に応じさせたものである。
3 そして、被告は、同日、前記のとおり原告の普通預金口座に四九〇万二七四〇円を一旦振込んだ後、直ちにその中から一四四万円を払戻してこれを前記引受債務一四四万円の支払いに充当した。
4 その後、被告は、同年四月二二日、訴外山口の前記貸付金債務の引当(担保)になつていた同人の預金の払戻金五八万七八三〇円を原告の本件貸付金債務の内入弁済に充当した旨の処理をしたが、前記債権譲渡の通知をせず、訴外山口に対する貸付けに関する証書を交付しなかつたので、原告が幾度かその交付を要請したところ、同年一二月二六日に至り右貸付けに関する証書として(イ)原告が本件引受けをした旨の債務引受契約証書(甲第二号証)、(ロ)訴外山口及びその保証人と被告との間の取引約定書の写(甲第六号証)及び(ハ)訴外山口が被告に差入れていた約束手形三通の写(甲第七号証の一ないし三)を交付し、原告に「重畳的に引受けた訴外山口の債務を完済したことにより本日これらの書類を受領したが、以後、原告が右債務の関係者に請求をしても被告には一切迷惑をかけないことを約束する」旨の念書(甲第四号証)を書かせた。
5 その後、原告は、右書類を基にして訴外山口の連帯保証人になつていた訴外石井八郎に対し前記引受債務の求償を求めたが全く相手にされず、そのころ弁護士に相談したが右書類だけでは求償手続をするには充分でない旨告げられ、原告自身、再度資金繰りに窮し本件貸付金債務の返済ができなくなつたので、被告に前記債権の回収について善処方を依頼したが、かえつて原告自身の債務の弁済を迫られる有様であつた。
6 そして、被告は、昭和五一年五月一一日、本件貸付金債務の残額三三三万一〇〇〇円に基づき前記根抵当権を実行し、東京地方裁判所昭和五一年(ケ)第三二七号不動産競売事件の開始決定を得て前記土地建物を競売に付した。
7 しかし、その後、原告と被告の話合いにより右残債務を分割弁済することになつて右競売は取下げられ、昭和五四年三月三〇日、訴外冨士精機が新らたに被告から五〇〇万円を借入れ、その借入金の中から右当時の原告の本件貸付金債務の残額二〇〇万円を弁済し、これによつて原告の本件貸付金債務は完済されたことになつた。
8 以上が本件各契約がなされるに至つた経緯とその後の状況であるが、重畳的債務引受契約は、被告のごとき金融機関にとつてこげつき債権回収の手段として極めて有力な手段であるばかりでなく、同時に融資の資金操作上、極めて巧妙な機能を果すものである。すなわち、本件のごとく金銭消費貸借契約と重畳的債務引受契約が同時に締結されるときには現実に金銭の授受を行わなくとも前記のごとく預金口座の記帳操作だけで決済できるから、被告は貸付時に貸付金全額を準備する必要がなく、貸付金と債務引受金額の差額を用意するだけで全額を貸付けたことになる。つまり、金銭消費貸借契約と同時に重畳的債務引受契約を締結することは金融機関にとつて、一方においてこげつき債権の回収という目的を達成し、他方において少額の資金を準備するだけで高額の融資を行つたと同様の利息収入を得ることができるという点で一石二鳥の利得をねらうことができるものであり、いわば少額の資金を利用して暴利を得るための手段であり、ただもうけの商法である。
これを本件についていえば、被告は名目上の貸付金額五〇〇万円から引受債務額一四四万円を控除した三五六万円(実際にはここから利息を天引したりするので更に少額になる)を用意するだけで、前記こげつき債権一四四万円を回収し、かつ、実際に五〇〇万円を貸付けたと同様の利息を得ることになるものであり、一方、原告にとつてみれば、原告が現実に利用しえた金額は前記四九〇万二七四〇円から一四四万円を控除した三四六万二七四〇円だけであるから、貸付金五〇〇万円から一五三万六二六〇円を天引されたのと全く同様である。これを実質にみれば貸付金の利息天引と全く同様であり、被告は、本件消費貸借にあたり貸付金の内から30.746パーセントの金利を天引すると同様の暴利を得ているばかりでなく、名目上の貸付金五〇〇万円に対する年11.5パーセントの割合による利息を取得するものであり、これは暴利行為以外の何ものでもない。
しかも、被告は、重畳的債務引受契約に基づいて原告が弁済をすれば被告のこげつき債権は完全に回収されて消滅し、後は、弁済による代位と原告から訴外山口に対する求償関係が残るのみで、債権譲渡の余地はないのに、前記のごとく原告に債権を譲渡し債権の回収ができるように協力する旨詐言を用いて、本件各契約の締結に応じさせたものである。
以上の次第であるから、本件各契約を冒頭に述べたごとく、無効というべきことは当然である。
(三) 原告の支払金
原告は、本件各契約に関し、別紙支払金一覧表記載のとおり総額七六三万一六五一円を支出、負担したが、これらは、本件各契約が無効である以上、いずれも原告に返還されるべきものである。
(四) 本訴請求
よつて、原告は、被告に対し、右金七六三万一六五一円及び内金一四四万円(引受債務支払金相当額)については前記払戻しがなされた日の翌日である昭和四九年四月一〇日から、残金六一九万一六五一円については原告が最終の支払いをした日以後の日である昭和五四年四月一日からそれぞれ支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延利息金の支払いを求める。
二被告の答弁
(一) 請求原因(一)1(1)(2)の事実は認める。
同2(1)の本件引受契約が成立したことは認めるが、その契約成立の日は否認する。右契約成立の日は、原告が主張する昭和四九年四月九日ではなく、同年三月二七日である。
同2(2)の事実は否認する。本件引受債務は、原告主張のごとき方法により支払われたのではなく、昭和四九年三月二七日、被告から原告に対し右債務引受金相当額一四四万円を手形貸付けの方法によつて貸付け、これによつて右引受債務を弁済するという方法によつて、同日、弁済されたものである。
昭和四九年四月九日、本件貸付けが実行された際に原告主張の払戻しの方法によつて決済されたのは、原告に対する右手形貸付金であつて、本件引受債務ではない。本件引受債務は前記のとおり同年三月二九日に支払いずみになつていたものである。
(二) 同(二)1ないし8の事実中、同1のうちの本件各契約締結の交渉をしたこと及び同4、6、7の各事実は認めるが、その余の事実及び主張は争う。但し、同4の交付書類はいずれも原本である。
(三) 同(三)の事実のうち、別紙支払金額一覧表(一)(2)の元金支払、利息支払、同(一)(23)の利息支払、同(二)(1)の利息天引の各事実は否認し、その余の事実は認める。但し、これを返還すべきであるとの主張は争う。
右(一)(2)の元金支払は、原告が支払つたものではなく、訴外山口の預金の払戻金を充当したものであり、同(2)の利息支払の事実はない。
同(一)(23)の利息支払額は五万〇三七五円でなく五万円である。
また、同(二)(1)の九万七二六〇円は、同表(一)(1)の利息支払四万七二六〇円と前記根抵当権設定登記のために要した登記料(司法書士に対する手数料と右登録免許税)五万円の合計額であるから、右利息四万七二六〇円を二重に計上することは不当であり、右登記料は当然原告が負担すべきものである。
更に、同(二)(2)の競売事件の手数料についても、右事件取下げの際、原、被告間の合意により原告が負担したものであるから、これを返還すべき理由はない。
三被告の主張
(一) 本件各契約は、被告が原告に不当に不利益な条件を強要したり詐言を用いたりして締結したものではなく、原告自身が本件各契約を締結することの利害得失を充分勘案し、納得のうえで締結されたものであるから、これをもつて無効といわれる筋合いはない。
すなわち、原告に対する本件貸付けと訴外山口の債務の引受けの話が無関係に進められたものでないことは被告も認めるが、本件各契約は、当初、被告が原告に融資するについてそれが円滑に返済されるかどうか疑問を抱き渋つていたところ、原告から「訴外山口の連帯保証人になつている訴外石井八郎とは職業上の関連があり原告であれば訴外石井から回収することも可能であると思われる、原告に五〇〇万円を融資してくれるのであれば、これを引受けてもよい」旨の申出があり、被告としても、原告に対する融資について担保として根抵当権を設定して最終的な債権確保の手段を講じ、他面、訴外山口に対する債権を回収することができることになる利益を勘案すれば、原告の右申出を受けてもよいと考えられたのでこれを承諾した結果締結されるに至つたものである。
ただ、訴外山口の債務は証書貸付債務、手形割引債務等数口に分れており、これについては、その全部について連帯保証責任を負う訴外石井とその一部について連帯保証責任を負う訴外海老名克己の両名がいたほか、訴外山口自身の預金が担保になつており、右預金はいずれ相殺(差引計算、以下単に相殺という)によつて訴外山口の債務の内入弁済に充当されることが予定されていたのであるが、原告が五〇〇万円の融資の前提として、訴外山口の債務を引受けることを承諾したのが被告の決算日である三月末日の直前、昭和四九年三月二七日のことであつたので、被告は、とりあえず、訴外山口の前記債務のうち手形割引分一四四万円の引受けとその支払いを右決算日前に行い、原告に対する融資と訴外山口の預金の相殺処理は右決算日後に行うこととした。
そして、被告は、右同日、前記のとおり原告との間に訴外山口の債務のうちの一四四万円についての重畳的債務引受契約を締結すると同時に、原告に対する同額の手形貸付けを行い、これによつて右引受債務の分を決済した。
その後、被告は、同年四月九日、原告と五〇〇万円の本件消費貸借契約を締結し、第一回の利息及び登記料を差引いた四九〇万二七四〇円を原告の普通預金口座に振込んで支払い、右振込金の中から一四四万円を払戻すことによつて原告に対する手形貸付金一四四万円の決済をした。
そして、予定されていた訴外山口の預金の払戻は、訴外海老名との責任配分についての合意が遅れたため、やや遅くなつたが、同月二二日、右預金払戻金五八万七八三〇円を原告の本件貸付金債務の支払いに充当することによつて実行された。
本件各契約締結の経緯及びその決済処理の状況は以上のとおりであり、これを無効とされるいわれはない。
(二) 仮に、他人の債務を引受けさせたことについて問題があり本件引受契約の効力が認められないとしても、本件貸付金五〇〇万円から右引受金一四四万円を控除した残額三五六万円は原告が現に受領しこれを利用しているのであるから、本件消費貸借契約は少なくとも右三五六万円の限度においては有効に成立しているものというべきである。
そして、原告が被告に対し弁済金として現実に支払つた金員は前記のとおり別紙支払金一覧表(一)(1)ないし(35)の各金員から同(2)の元金支払、利息支払分を除き、同(23)の利息支払分五万〇三七五円を五万円と訂正した後の合計額五四一万二九三三円であるから、これを右貸付金三五六万円に対する弁済金として右貸付金とこれに対する約定利息(年11.5パーセント)及び約定遅延損害金(二二パーセント)の支払いにあてられたものとして充当していくと別紙返済充当計算表記載のとおりとなり、昭和五四年三月三一日以降の遅延損害金が未払いとして残ることになるから、原告の本訴請求は理由がない。
四原告の反論
(一) 原告が、被告から本件引受債務一四四万円相当の手形貸付けを受け、これによつて右引受債務を支払つた事実はない。原告は、被告からそのような処理をする旨知らされたことはなく、もちろんこれを承諾したこともない。
原告が被告から知らされていたのは、本件貸付金の中から右引受債務一四四万円を支払うということだけである。しかるに、被告がその主張のごとく本件貸付けとは別に原告に一四四万円の手形貸付けをしたかのごとくにして処理しているとすれば、それは、本来、原告に支払われるべき訴外山口の預金払戻金五八万七八三〇円の支払いを免れ、これを本件貸付金債務の弁済に充当したことにすることによつて、更に不当な利益を得ようとしたものに他ならない。
すなわち、訴外山口の預金はもともと同人の被告に対する債務の担保になつていたのであるから、原告がその債務を引受けて支払つたときは、代位の規定によりその担保になつていた預金払戻金五八万七八三〇円は当然、そのまま原告に支払われるか原告の預金口座に振込まれねばならないものである。
しかし、それでは、最小限の資金で最大限の利益を得ようとする被告にとつてはうま味が少ないので右預金払戻金を本件貸付金債務の弁済に充当しうる法的理由を作出する必要があつた。そこで考え出されたのが前記の方法である。すなわち、右方法によると、本件引受債務は前記手形貸付けにより決済されて消滅し、原告に対する手形貸付債権が残るだけになるから、その後に発生する訴外山口の残金払戻金を原告に返還すべき義務はなくなり、これを本件貸付金債務に充当することを可能にする法的理由付ができる訳である。そこで、被告は、前記のごとき順序によつて処理をしたことにして、右預金払戻金五八万七八三〇円を本件貸付金債務の支払いに充当する手続をとつたものである。
これは、被告がその利益追求のために仕組んだ巧妙で悪質な計画の一環として行われたものであるが、これにより被告は、実際には二九七万二一七〇円の資金を原告に貸付けるだけで五〇〇万円を貸付けたと同様の利益を得、一方、原告はこれにより多大の不利益を受けている。すなわち、被告の訴外山口に対する貸付金請求権とその担保になつている同人の預金は、本件貸付当時、既に相殺適状にあつたか、相殺可能な状況にあつた筈であるから、本来であれば、訴外山口の債務を引受けさせるにしても、この両者を相殺した後の残額のみを引受けさせるべきであり、原告としては一四四万円から五八万七八三〇円を控除した八五万二一七〇円を引受ければ済んだ筈である。
しかるに、被告は、前記のとおりまず原告に一四四万円を引受けさせた後に右預金払戻金五八万七八三〇円を原告の本件貸付金債務の弁済に充当するという方法をとつたのであるが、本件貸付金債務の弁済方法は前記のとおり貸付けから二か月間据置き、同年六月八日から毎月一四万円宛支払うことになつていたのであるから、被告が右弁済充当の手続をとつた四月二二日の時点ではまだ元金の弁済期日は到来していなかつたのである。したがつて、右時点で前記預金を払戻すとすれば、当然、一旦、原告に支払われるべきであり、そうすれば原告はこれを自己の事業資金に活用することができたのである。しかるに、右預金払戻金は、右弁済期日到来より一か月以上も前に原告の知らないうちに元金の支払いに充当されたことになり、原告はこれを利用しうる機会を失わしめられた。
以上のとおり、被告は、貸付金のなかから債務引受額全額を天引しただけではあきたらず、預金払戻金までを元本の弁済に充当するという一見、原告にとつて有利と思われるような処理をすることによつて実質的にはこれを天引したと同様の効果をあげ少額の資金を著しく不当な方法で運用し、その二倍以上の資金を運用したと同様の暴利を得たものであり、とうてい許されるべきことではない。
第三 証拠《省略》
理由
一請求原因(一)1(1)、(2)の事実(本件消費貸借契約の締結と貸付けの実行)については当事者間に争いがない。
二そして、同(一)2(1)の事実(本件引受契約の成立)についても右契約の成立時期の点を除き争いがなく、右契約の成立時期については、本件証拠上は、原告主張のごとく昭和四九年四月九日本件消費貸借契約成立と同時に成立したものと認めるほかはないというのが相当である。すなわち、<証拠>によれば、本件引受契約の契約書(甲第二号証)が昭和四九年三月二七日付で作成されていることが明らかであり、また、<証拠>によれば、同じく昭和四九年三月二七日付の原、被告間の取引約定書(乙第一一号証)、同日原告振出し、額面一四四万円の約束手形(乙第一二号証)の存することも明らかであつて、これらの事実からすると、本件引受契約の成立時期は被告主張のごとく昭和四九年三月二七日であると認めるべきであるかのようであるが、原告本人は、原告と被告が本件消費貸借契約及び引受契約締結の交渉を始めたのは同年四月になつてからのことであつてそれ以前にはそのような交渉をしたことはない、前掲取引約定書(乙第一一号証)や約束手形(乙第一二号証)を作成したことははつきり覚えていないが、前掲債務引受契約証書(甲第二号証)は、同年四月末頃、被告の担当係員から被告の決算日が三月三一日である関係上、日付を逆のぼらせてつくるが協力してほしいといつて原稿を渡され、それを清書して作成したものである旨供述するところ、被告の決算日が三月三一日であることは被告も認めているところであり、右原告本人のいうようなことも全くありえない事ではないと考えられることを考慮すると、他に特段の立証のない本件においては、右原告本人の供述を採用するのが相当であり、右原告本人の供述と弁論の全趣旨によれば、本件引受契約は前示のとおり昭和四九年四月九日に成立したものと認めるほかはないというのが相当である。
しかして、<証拠>によれば、同(一)2(2)の事実(本件貸付金による本件引受債務の弁済)を肯認することができるというのが相当である。被告は、本件引受債務は本件貸付金とは別に原告に昭和四九年三月二七日に原告に貸付けた手形貸付金一四四万円によつて返済されたものである旨主張し、前掲同日付取引約定書(乙第一一号証)や約束手形(乙第一二号証)は、一応、被告の右主張の裏づけになりうるものであると考えられるが、原告本人がそのような手形貸付けとこれによる本件引受債務支払いの事実は一切聞いていない旨供述していることと右(1)につき判示したところに照らすと、被告の右主張は採用できない。
三そこで、次に、請求原因(二)の事実(本件各契約の無効)について検討するが、まず、本件各契約締結の経緯をみておくに、<証拠>によれば、
1昭和四九年四月初めごろ、訴外富士精機の代表取締役として同社の資金繰りに苦慮していた原告のところへ、かねて金融取引を通じて知合つていた被告の担当係員から相談があるからきてくれないかとの電話があり、原告が被告の大森支店へ出向いたところ、右担当員から、金が必要だろうから被告の方で融資をするが、その代り不良債権の肩替りをしてほしい、そうすればお互いに利点があるのだから引受けてくれないかという趣旨の話があつたこと、
2そこで、原告が右担当係員と話合つたところ、右担当係員の話では、「訴外山口に対し二百数十万円の貸付金債権がありそれについては、訴外石井、同海老名の両名が連帯保証人になつているが、未回収の状態になつている、右両証人の関係では、訴外海老名は手形貸付けの分についてだけ保証したことになつているので同人には右債務のうちの三分の一位を持つて貰い、残りの三分の二位は手形貸付け、証書貸付けのいずれについても保証人になつている訴外石井に持つて貰うことになるが、原告に五〇〇万円を融資するので、原告には、訴外山口の右債務のうち訴外石井に持つて貰うことになる一五〇万円位を引受けてほしい、訴外石井が連帯保証をしている分については公正証書が作成されているので、原告が右貸付金の中から右引受債務を支払つてくれれば、右公正証書等の必要書類は原告に引渡す、訴外石井に対しては、同人と仕事上の取引関係のある原告の方で請求して支払いを受けて貰いたい、また、訴外山口名義の定期預金がありこれはいずれ差引計算されることになり、そのうち五〇万円位は原告に引受けて貰う分に引当られることになると思うが、その処理をするについては多少時間がかかるのでとりあえず、右一五〇万円位を引受けておいてほしいし、定期預金の処理が終わればその引当分を原告に預金に振込んで支払う」ということであつたこと、
3右担当係員の話を聞いた原告は、訴外富士精機の資金繰りに追われていた時期であつたことから、二、三回、話合いをした後これを承諾することにし、昭和四九年四月九日付で原告に対する本件貸付けが実行されるに至つたこと、
4そして、右同日、原告主張のごとく本件貸付金による本件引受債務の支払いが行われ、次いで、同月二二日、原告主張の預金払戻金五八万七八三〇円による本件貸付金債務の内入弁済が行われたのであるが、右内入弁済の事実については、その当時、原告は被告から何ら連絡を受けていなかつたこと、
5その後、原告は、同月末頃、被告から原告が右債務を引受けて支払つたので保証人である訴外石井の方で原告に支払いをしてほしい旨記載した被告のメモのようなものを受領し、これをもつて、訴外石井を訪ねて月々の分割でよいからいくらかづつでも支払つてほしい旨申入れたが、訴外石井には、原告が勝手にやつたことだからといつて相手にされず、応じて貰えなかつたこと、
6そこで、原告は、その後、被告に対し、前記交渉の際に話に出ていた公正証書等の書類の交付を求めていたが容易に応じて貰えず、同年一二月二六日に至り原告主張の念書(甲第四号証)を差入れてその主張の各書類(甲第二号証、第六号証、第七号証の一、二)を受領し、弁護士に右書類があれば訴外石井に請求することが可能かどうかを相談したりしたが、右書類だけでは充分でないとのことで、結局、訴外石井からは何ら支払いを受けられなかつたこと、
7その後、原告が被告に対する本件貸付金債務の弁済をしないでいたところ、昭和五一年五月一一日、原告主張の競売開始決定がなされたのであるが(争いがない)、これを不満とした原告が都庁に出向いて本件各契約を締結した時の事情を説明したりしているうちに、右競売事件は取下げられ、結局、本件貸付金債務は原告主張のごとく訴外富士精機が新らたに被告から借入れをしこれによつて支払うという方法によつて決済されたことになつたこと(右取下げと決済の事実については争いがない)、
以上のごとき事実を肯認することができるというのが相当であり、右認定を左右するに足る証拠はない。
そこで、以上認定の事実に照らし、原告が主張する独禁法違反、公序良俗違反の点について検討するが、まず、独禁法違反の点についてみるに、本件各契約の実質は、金融機関たる被告が、訴外山口に対する債権の回収が容易に行われる見込みが乏しかつたことから、本来、自からなすべき右債権回収の手数を省き、かつ、回収できずに終つたときの不利益を免れるために、原告に実質三五六万円の貸付け(本件貸付金五〇〇万円と本件引受債務金一四四万円の差額、以下これを実質貸付額という)をする条件として、訴外山口の前記債務のうち一四四万円を引受けるよう要求したものであつたということができる。
そして、原告が本件各契約に従つて自己の債務を履行していくとすると、前示のごとく訴外山口やその連帯保証人たる訴外石井からの求償が事実上困難な状況にあつたことからみて、実際には三五六万円の貸付けしかうけていないのに、現実に五〇〇万円の貸付けをうけたときと同様の元利金を支払わねばならないことになる可能性が極めて大きかつたものであり、これを実質的にみれば五〇〇万円の貸付けを受けた際に利息として一四四万円を天引されたうえに(これを約定期限である昭和五二年五月八日までの三年間の利息と仮定して単純平均計算すると年9.6パーセントの割合の利息となる)、これとは別に借受当初から支払いずみに至るまで年11.5パーセントの割合による利息(期限後は年二二パーセントの割合による遅延損害金)を支払うのと同じことになるということができ(以下、右一四四万円を利息とみなし、これと約定利息を合せてみたときに算出される金利を実質金利という)、計算上は利息制限法所定の期限を超えた実質金利の支払いを余儀なくされたと同じ結果になる。また、原告の右負担額を実質貸付額三五六万円に対するものとして計算すれば、原告が支払う利息の利率割合が更に高率になることは計算上明らかである。
以上のとおりとすると、本件引受契約は、実質貸付額三五六万円の貸付契約に付された取引条件であり、本件各契約は両者一体となつて原告に対し不当な不利益を与えているものであり、被告は、「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」、原告に対し、「正常な商慣習に照らし」是認しえない「不当に不利益な条件で取引」したものであるというのが相当である。
そうして、本件各契約の実態が右のごときものであるとすれば、独禁法適用の関係ではこれを一体不可分のものとして総合的に評価するのが相当であり、本件各契約は独禁法一九条、一般指定一〇に反してなされたものであるというべきである(もつとも、実際には前示のとおり前記訴外山口の預金払戻金五八万七八三〇円が本件貸付金債務の支払いにあてられたことになつているので、これを考慮すれば、原告の実質負担額は一四四万円ではなくこれとの差額八五万二一七〇円となり、原告が負担した実質金利の利率もそれに応じて低くなり、原告が蒙つた不利益はそれだけ軽減されたことになるが、右事実はいまだ上記判断を左右するに足るものではないというのが相当である。
しかし、本件各契約を右法条に違反したものというべきことは右のとおりであるとしても、独禁法が、元来、私人間の取引行為ないし法律関係を私法上の観点から規制ないし修正することを直接の目的としているものではなく(同法第一条)、右法条に違反した行為があつた場合には専門機関である公正取引委員会に当該行為の差止め、契約条項の削除等その行為の具体的態様に即した弾力的な措置をとらしめることによつてその目的を実現しようとしていること(同法二〇条)に照らすと、同法一九条に違反して締結された契約をそのことだけで私法上も無効であるというのは相当でなく、原告の主張のうち独禁法に違反しておれば当然無効であるというかのごとく解される部分はにわかに採用しえない。
そこで、次に、公序良俗違反の主張についてみるに、法の窮極的理念である社会的妥当性を基準とすると考えられる民法九〇条の観点からは、必らずしも、本件各契約を一体として画一的に全部有効か無効かのいずれかに断定しなければならないものではなく、本件各契約締結の趣旨目的とその内容、それが当事者双方に与えている利益、不利益、その他本件各契約が前記のとおり独禁法に違反した契約であると認められること等諸般の事情を総合考慮して、有効、無効ないしその範囲、程度を判断しうるものと解するを相当とするところ、被告は前記のとおり原告に訴外山口の債務を引受けさせることによつて実質貸付額に対し利息制限法所定の制限を超えた利息を収受したと同様の結果をえているということができるものであり、その不公正については、被告が取得しうる実質金利を同法所定の制限内のものに限定することによつてこれを是正するということも考えられるが、そもそも、格別関係のない他人の債務を引受けることを融資の条件とすること自体、金融取引者間の取引条件として一般に是認されるべき合理性を有しているものとは考えられないうえに、本件の場合、被告が原告に対し訴外山口の債務を引受けることを条件にした貸付けを申出たのは、原告が自から経営する会社の資金繰りに窮していることに乗じて、本来、金融機関たる被告として自からなすべき訴外山口に対する回収困難ないわゆる不良債権回収の手間を省くと同時に未回収による危険を免れようとしたものであり、しかも、被告自身は、原告に対する貸付額については担保権を設定してその回収の可能性を確保したうえ、契約上の貸付額に対する約定利息を取得しようとしたものであつて(実質貸付額を基準に考えれば、実質的に約定利率以上の利率による利息を取得することになる)、その結果において妥当でないばかりでなく、その手段、目的においても正当な金融取引の慣行上是認し難いものであると考えられることに鑑みると、前記不公正を是正するためには、被告の取得する実質金利を利息制限法所定の制限内のものに限定するにとどまらず、本件引受契約自体の効力を否定することによつてこれを実現するのが相当である。被告としては、実質貸付額とこれに対する約定利率による利息を確保することによつて満足すべきであり(利息制限法所定の制限範囲内のものであつても被告に約定利率による以上の実質金利を取得せしめる必要はない)、一方、原告としても、本件各契約締結当時、被告との関係で経済的に劣後的地位にあつたことは事実としても、いわゆる強迫による意思表示のような場合とは異なり、原告自身、それなりの利害得失を考慮して本件各契約の締結に応じたものと考えられることを斟酌すると、原告が実際に利用しえた実質貸付額の弁済とこれに対する約定利息の支払はこれを承認すべきである。
結局、本件引受契約は民法九〇条に照らし効力を有しえないが、本件消費貸借契約は実質貸付額三五六万円とこれに対する約定利息及び約定遅延損害金を定めた限度においては、約定どおりの効力を有すると解するのが相当である。
四そこで、次に、請求原因(三)(原告の支払金)についてみるに、原告主張の別紙支払金一覧表(一)(2)の元金支払五八万七八三〇円、利息支払四万三〇九三円、同表(一)(23)の利息支払五万〇三七五円、同表(二)(1)の利息天引九万七二六〇円以外の点については争いがないが、右争いのある部分についてはこれを原告主張のとおりと認めるに足る証拠はない。
しかして、右争のある部分のうち、同表(一)(2)の元金支払五八万七八三〇円が原告自身が支払つたものでなく訴外山口の預金払戻金であることは前示のとおりであり、<証拠>によれば、同表(一)(23)の利息支払は五万〇三七五円ではなく五万円であり、同表(二)(1)の利息天引九万七二六〇円は被告主張のとおり同表(一)(1)の利息支払四万七二六〇円と登記料五万円の合計であると認めるのが相当である。
以上のとおりとすると、結局、本件貸付金債務の元本と利息の弁済として原告自身が負担して支払つた金員の合計が、五四一万二九三三円となることは計算上明らかである。
そして、前示のとおり本件債務引受契約は無効であるが、本件消費貸借契約は実質貸付額三五六万円とこれに対する年11.5パーセントの割合による約定利息及び年二二パーセントの割合による遅延損害金の支払いを約した限度では有効であるとすると、原告の右支払金五四一万二九三三円は右元利金の支払いに充当されたものというべきであるが、<証拠>によれば、右貸付金に対する利息ないし遅延損害金についてはその後の原被告間の交渉によつて全て年11.5パーセントの割合によつて計算して精算することが合意されていたものと認められるので、原告主張の返還請求金の存否を検討するにあたつてもこれを前提として計算するのが相当である。なお、原告が負担したその余の登記料ないし競売手続費用はその性質上、右計算にあたつてその対象とすべきものではないというべきである。
以上により、被告が原告に返還すべき金員の有無を検討すると、別紙充当計算表記載のとおりであり、被告が原告に返還すべき金員は八〇万三五六八円となる。しかして、既に判示してきた事実関係に照らすと、被告はいわゆる悪意の受益者としての返還義務を免れないものと解するのが相当である。
五以上のとおりとすると、原告の本訴請求は、右金八〇万三五六八円とこれに対する最終支払日以後の日である昭和五四年四月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による利息金の支払いを求める部分は理由があるが、その余の部分の請求は理由がないというべきである。
よつて、原告の本訴請求を右の限度で認容して、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(上野茂)
支払金一覧表
(一) 原告の弁済金
弁済日
元金支払
利息支払
(1)
昭和四九年四月九日
四万七二六〇円
(2)
〃 四月二二日
五八万七八三〇円
四万三〇九三円
(3)
〃 五月八日
四万三〇九三円
(4)
〃 六月八日
一四万〇〇〇〇円
四万〇三八〇円
(5)
〃 七月一二日
一四万〇〇〇〇円
四万〇五三五円
(6)
〃 一〇月一日
六万九〇〇〇円
(7)
〃 一〇月三〇日
四万〇三五八円
(8)
〃 一二月二六日
七万九四一五円
(9)
〃 一二月二七日
四万〇〇〇〇
三万九九六八円
(10)
同五〇年三月一五日
四万九一九七円
(11)
〃 三月三一日
二万七一八八円
(12)
〃 五月七日
四三万六九一二円
(13)
〃 五月三一日
五八〇円
二万七一八八円
(14)
〃 七月一九日
一〇万一八〇一円
八万三一八八円
(15)
〃 八月五日
三万五四七七円
(16)
〃 八月三〇日
一〇万〇〇〇〇円
三万四八三六円
(17)
〃 九月二五日
六万八〇〇〇円
三万二六九一円
(18)
〃 一一月二七日
六万九〇〇〇円
六万五三一八円
(19)
〃 一二月二九日
二〇〇〇円
三万二五五一円
(20)
昭和五一年一月三一日
三万二五三四円
(21)
〃 三月一日
三万一四八四円
(22)
〃 四月二一日
三万一四八四円
(23)
〃 六月三〇日
五万〇三七五円
(24)
〃 八月二日
五万〇〇〇〇円
(25)
〃 九月二二日
二万〇〇〇〇円
(26)
〃 一〇月六日
三万一〇〇〇円
(27)
〃 一一月一〇日
五万〇〇〇〇円
(28)
〃 一一月一九日
二万〇〇〇〇円
(29)
〃 一二月一四日
七万〇〇〇〇円
(30)
同五二年二月二三日
一四万〇〇〇〇円
(31)
同五三年二月二七日
三〇万〇〇〇〇円
(32)
〃 五月二日
三五万〇〇〇〇円
(33)
〃 五月二七日
四九五円
(34)
〃 七月一日
三五万〇〇〇〇円
(35)
同五四年三月三〇日
二〇〇万〇〇〇〇円
小計五〇一万七一二三円
小計一〇二万七一〇八円
(二) 天引利息及び手数料
(1)
昭和四九年四月九日
九万七二六〇円
但し、貸付金五〇〇万円に対する天引利息である。
(2)
昭和五四年三月三〇日
五万一一六〇円
但し、前記競売事件の手数料を原告が負担したものである。
以上(一)、(二)の合計額六一九万一六五一円